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学校帰り

住まいのマンションのエレベーターに乗ると子供たちの姿を急に見るようになった。もう9月なのだ。いつのまにか学校が始まっているのも気がつかない生活だなあということに気づいたりする。いま思うと子どものころの学校帰りにはなんか不思議なことがあったりしたような気もするけれど、思い出さないのは大したことではなかったのだろう。その当時ここに書いたような目に遭っていれば、いまここにはいないのだろうから。

 知らない家
 学校の帰りに知らない家を見た。朝はなかったのに。新しくできたにしては古めかしい家だ。
 えんがわに、ひくいお日さまがさしている。あそこはあき地だったはず。
 家に帰ってお母さんに聞いた。
「むこうのあき地に家があったよ」
「ふーん」
 夕ごはんのよういでいそがしいみたい。
 次の日、行くときも帰るときも、家はなかった。草がぼうぼう生えたあき地だった。
 あれはなんだったのだろう。
 なんにちかして、学校の帰りにまた知らない家を見た。ずっと昔からそこにあったようだった。ぼくは走って帰った。
「お母さん、また家があったよ」
「あらそうなの」とお母さんは言った。「おかしな家ねえ」
「いっしょに見に行こうよ」
「まあ、なんのあそびなの。いまいそがしいから、またこんどね」
 知らない家は、なんにちかおきにあらわれた。
 それはいつも、ぼくが一人で帰っているときだ。友だちといっしょなら、そこはあき地だった。
 知らない家はただそこにあるだけで、こわくはなかった。
 外からのぞくと、家の中はひっそりして、だれもいないようだった。
 ある日、知らない家のえんがわに、おばあさんがすわっていた。ぼくと目があうと、おばあさんはにっこりして言った。
「こんにちは」
 あいさつされたらちゃんと答えなきゃ。
「こんにちは」
「どこのおうちのお友だちかしら」
「あっちの――角をまがったところです」
 ぼくは自分の家のほうをゆびさした。
「まあおあがりなさいな、おかしがあるのよ」
 おばあさんはぼくを手まねきした。
「い、いりません――さようなら」
 ぼくはこわくなってかけ出した。まっしぐらに家にむかったつもりだったけど、いつまで走ってもつかなかった。
 どこをどう走ったのか、ぼくはまた知らない家の前に来た。
 知らない家の中から、お母さんの声がした。
「お帰りなさい、おそかったのね。どこであそんでいたの。入ってきて手をあらいなさい」
 お父さんの声もした。
「今日はしごとが早く終わったから、ケーキを買ってきたんだぞ。あとでみんなで食べよう。――そんなところにつっ立ってないで、入ってきなさい」
「お兄ちゃん、ごはんだよ。もうおなかぺこぺこ。早く入ってきてよね」
 妹の声だ。
 知らない家のげんかんが開いていて、中からみんなの声がする。
 げんかんのおくはまっくらで、まるで家が口を大きくあけているみたいだった。

まあこれほどではなくても、不思議なものを見た記憶はある。たとえば国道わきに落ちていたきれいな七色をしたウンコ。あれはなんだったのだろう。


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暑中お見舞い申し上げます

暑い。クーラーをかけていないと寝られない。ということで(あまり関係はないけれど)眠りに関するお話を。

寝言
「チハルちゃんのスカートをめくったから、振られたのよねえ……」
 突然、眠っているはずの妻が言った。
「は?」
 あとからベッドに入り、いままさに眠りに落ちようとしていたぼくは、おどろいて目を開いた。横にいる妻を見る。すやすやと寝息を立てている。
 寝言か……それにしては。
「教室でうんちを漏らしたとき、チハルちゃんだけが笑わなかったから、好きになったのに……」
 目をつむったまま、妻がまた言った。ぼくの記憶は一瞬にして小学生に戻った。
 たしかに一年生のとき、授業中トイレに行きたいとどうしても言えなかったので、そんなことがあった。まわりのみんなが笑ったのに、チハルちゃんだけは笑わなかった。それどころか放課後、クラスのみんながうんち、お漏らしなどとはやし立てるなか、なにごともなかったように一緒に帰ろうと言ってくれた。
 スカートをめくったのは、親愛の情を示したかっただけなんだ。
 しかし、そんな恥ずかしい秘密を妻に話したことはない。妻が知っているはずはないのだ。
「ねえ、ゆうべ寝言を言っていたよ」
 翌朝、さりげなく妻に聞いてみた。
「あらそうなの。夢でも見たのかしら、覚えていないわ」
 それならいいんだが。
「ハルコってとんでもないやつよね。ラブメールを二またかけた男に見せるなんて……」
 その夜、妻はまた寝言を言った。学生時代につきあっていた彼女にされたことだ。もちろん妻には秘密にしていた。
「また寝言を言っていたよ、疲れているんじゃないか」
 朝になってそう聞いた。
「体調は万全よ。ねえ、私どんな寝言を言ったの? 教えて」
 どうやら覚えていないようだ。あまり問い詰めて藪蛇になってもいけないので、ぼくは適当にごまかした。
 それから毎夜、妻は寝言でぼくの秘密をつぶやいた。
 仕事の失敗、隠している趣味――女装とかではなく、こっそり小説まがいのものを書いていること、株に手を出して大損したこと――妻の寝言はことごとくぼくの秘密を言い当てていた。
 ぼくは学生時代の友人の脳科学者を訪ねた。
 知人のことだけどさ、と前置きして、奥さんが寝言で知人の秘密――もちろん奥さんは知らない――を次々と言い当てる。目がさめると寝言を言った本人は覚えていないが、知人は気が気ではない。どうすればいいだろう。
「ははあ、それはテレパスの一種だな。予知夢、というのがある。この場合は未来予測ではなく、相手の記憶や感情を夢に見るのだから少し違うが、寝ている間にその能力が発現して、それが口をついて出る。しかし目がさめると覚えていない。――超能力を押さえる治療なんてしたことがないな。いっそ、寝言を録音して聞かせてやればどうなんだい」
 友人はにやりと笑った。お前のことだろ、とその目が言っていた。
 困ったことになった。過去の出来事はともかく、ぼくは今だって妻に秘密を持っている。
 妻の寝言は、ぼくの過去からさかのぼって、現在に近づいているのだ。目がさめると覚えていないといっても、いつまでもそれが続くという保証なんてない。
 ある朝、妻が寝言を覚えていたら……。
「いっそ、殺してしまおうか……」
 気持ちよさそうに眠っている妻の口から、そんな言葉が出た。二、三日まえ、ぼくは本気でそんなことを考えたのだ。
 ぼくは一晩中、まんじりともせず妻の寝顔を見ていた。今夜こそ、あの秘密をつぶやくんじゃないか。
 しかし、妻はその夜はなにもしゃべらなかった。それに、言ったとしても寝言の内容を覚えていないのだ。だいじょうぶ――ぼくは自分に言い聞かせて、仕事に出かけた。
 夜、帰宅すると妻が恐い顔で言った。
「あなた、私に秘密を持っているでしょう」
 しまった、ついに思い出したのか。
「えっ、だ、だって、昨夜はそんなこと言っていなかったのに……」
「なに寝言を言っているの。これをごらんなさい」
 妻はぼくの前に数枚の写真を置いた。ホテルから出るぼくと彼女がしっかり写っていた。
「前から怪しいと思っていたのよ。探偵に調べてもらったわ」
 そうか、ぼくの浮気はもう「秘密」ではなかったのだ。

家人に聞くと、私自身はいびきをかくが寝言は言わないそうだ。別に用心しているわけではない。

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キューピーさん

見た夢の記憶で一番古いと思われるものの一つに、キューピーの夢がある。自宅の廊下を首から上のないキューピーが横向きに歩いているという、ただそれだけだったが、とても怖かった。なぜだかわからない。その夢をもとにしたお話。

キューピーさん
 道ばたで頭のないキューピー人形をひろった。
 家にもって帰った。
 すてようと思ったけれど、キューピーさんがもって帰ってと言ったように思えたからだ。
 頭のかわりをさがしてあげよう。
 スーパーボールをのせてみた。
 キューピーさんは体をぶるぶるふるわせておっことした。
 ママのクリームのびんをのせてみた。
 ドレッシングのキャップものせてみた。
 なにをのせてもおっことしてしまう。
 気にいらないんだ。
 ハブラシのえのところを首のあなにさしこんで、キューピーさんがふるえてもおっこちないようにした。
 キューピーさんはつくえからころがりおちてハブラシをおってしまった。
 そんな力があるんだ。おこっているみたいだった。
 朝めをさますと、キューピーさんはふとんの中にいた。首のあなをのぞくと、中はまっくらですいこまれそうだ。
 こわくなった。
 キューピーさんをもって家をでた。
 がけのうえから川になげこんだ。
 家に帰ると、パパのへやの前のろうかに、キューピーさんがころがっていた。首のあなが、少しひらいたパパのへやのドアをむいていた。
 キューピーさんをもってパパのへやに入った。
 そうするようにキューピーさんに言われた気がしたからだ。
 パパのつくえのひきだしが、少しあいていた。
 いつも、だいじなはんこなんかを入れているからと、かぎをかけているひきだしだった。
 ぼくはそっと、ひきだしをあけてみた。
 かぎはかかっていなかった。
 ティッシュにつつまれたものが入っていた。
 かってにそんなことをしてはいけないのに、キューピーさんをもった手が、それをとりあげた。
 ティッシュをはがすと、キューピーさんの頭が出てきた。
 首のところがはさみでむりに切ったように、ぎざぎざだった。
 思ったとおり、キューピーさんの顔はおこっていた。

ちなみに、古い夢のほかのものは、ジャングルの中を落下し続けるターザンの夢と、そのころ家にいたお手伝いのおばあさんがうさぎ跳びをしている夢だ。三つとも、小学校に上がる前、熱を出しているときに見た夢だと思う。


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お知らせ

WEB光文社文庫のサイトが、『Yomeba!』と装いを変えてスタートしました。
ショートショートスタジアムも、「ショートショートの宝箱」となり、さらに充実しそうです。
新装第1回は海野久実さんの「街角の落とし物」が掲載されています。

Yomeba!→ココ

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アイス

居酒屋で何人かで飲んでいるとき、店員が何かを売りに来た。棒のついたキャンデー型のアイスだった。キャンペーンをやっていて、棒に『当たり』と書いてあるともう一本もらえるという。お試しに一本買った。はずれだった。だれかが――自分だったかもしれない――ボールペンで『当たり』と書いたらもらえるかどうかやってみようと言いだした。もちろん自分も含めてその場にいる連中は紳士淑女ばかりだったので、そんな詐欺まがいのことはしなかった。もしそんなことをやったらどうなるかと考えてみた。

当たり
 駄菓子屋のおばあさんは白髪頭の年寄りで、おつりなんかもときどき間違える。眼鏡をかけているが、度が合っていないのか、目をすぼめるようにして五円玉と五十円玉をにらむんだ。
 だからアイスをなめ終わった棒に、ボールペンで『当たり』と書いてもわからないんじゃないかと思った。ちょっとしたイタズラのつもりだった。
「おばあさん、これ」
 なにげない顔をしたつもりでも、緊張していた。おばあさんは、いつもより長くアイスの棒を見ていた――ように思えた。ぼくはどきどきした。
「当たりだね――ちょっと待ってね」
 おばあさんは店の奥に消えた。そしてすぐに、新しいアイスを持ってきた。
 ぼくはそれを受けとると、店を出ようとした。
「お待ち、ここで食べていくんだよ」
 背中からおばあさんの声がした。
「ケースの調子が悪いんだよ。温度が下がらなくて、すぐに融けるからね」
 アイスを見ると、たしかに包装紙のあいだからクリームが落ちかけていた。
 ぼくは包装紙を破って、アイスを食べた。いつもはおいしいのに、味がしなかった。
 夢中でなめ終わって、ごちそうさまと言って行こうとした。
「それ、当たっていないかい?」
 ぼくは手に持った棒を見た。『当たり』と書かれていた。
「運のいい子だね」
 おばあさんはそう言うと、また店の奥から新しい――でも融けかかったアイスを持ってきた。
 そのときになって、ぼくははじめて気がついた。どうしてお店にあるアイスケースから出さないのだろう。
「さあ、早くお食べ。融けてしまうじゃないか」
 おばあさんの言いかたは、なんだかきつくなったようだ。
 仕方なく、ぼくはアイスを食べた。残った棒は、また『当たり』だった。
 その次も、そのまた次も、『当たり』が出た。
 そのたびにおばあさんは、店の奥から融けかけたアイスを持ってきた。
 お腹がぐるぐる鳴り出して、痛くなった。お尻がむずむずした。うんちがしたい。
 でも、おばあさんが「早く食べろ、融ける融ける」と言うと、どうしてもそうしなければいけない気がして、ぼくはアイスを食べ続けた。
 ぼくは泣きたくなった。
「ごめんなさい、はずれの棒に『当たり』って書いたんです。許してください」
「そんなことはどうでもいいんだよ。『当たり』は『当たり』だからね。さあ食べろ、すぐ食べろ、融ける前にどんどん食べろ」
 とうとうぼくは泣き出した。その拍子に、うんちが少し出てしまった。それでも、泣きじゃくるぼくの手から『当たり』の棒をひったくると、おばあさんは店の奥に入っていった。
 けれど、つぎに出てきたとき、おばあさんは手にアイスを持っていなかった。
「えええい、アイスがなくなってしまったわい」
 おばあさんの絞り出すような声で、ぼくはぴたりと泣き止んだ。今度こそ、許してもらえるかもしれない。
 おばあさんはぼくの前に立ちはだかって、くやしそうににらんでいたかと思うと、突然、白髪頭からずるずると融けはじめた。
 立ったまま、服といっしょに身体中がどろどろと崩れ落ち、やがて頭のてっぺんから白いものが現れた。理科室にある、人体模型の頭蓋骨と同じものだと思ったら、そうじゃなかった。
 それはのっぺりした、まっすぐな平べったい板だった。
 そして顔がすべてクリームのように融け落ちたとき、そこには大きな字で『当たり』と書かれていた。

因果応報というやつだ。道徳的な話なので、子どもたちにもぜひ読んでもらいたい。


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推理小説

推理小説――謎解きのあるお話を書いてみたいといつも思っているのだが、とても書けそうにない。トリックを考えるのが苦手なのだ。だいたい自分の書くものは、怪奇とか幻想とか――ようするにかなりの部分でルールを勝手に作ってしまえるものが多い。だからちゃんとしたトリックが作れないのだろう。それに少々考えたところで、もうすでに使われてしまっていたりして、こいつ、あの有名な作品を読んだことがないんだな、なんて冷笑されるのがオチだろう。(これはほかのジャンルでも言えることだが)
こんなふうにいけばいいのになあと思いつつ、以下のようなのを書いてみた。

ベストセラー
 ――なぜ私がベストセラーを出し続けるか、その秘密を喋れというのですね。それは売れる作品を書いているから……などというのでは特集記事にならない? まあ、その通りでしょう。せっかくこうしてインタビューしていただいているのですから、お話しましょう。
 ご存知のように、私が書く小説は謎解き本格ミステリーです。推理小説の最大の弱点はなんだと思われますか? そう、結末でトリックが明かされて、犯人がわかってしまうことです。
 もちろん読者もそれを承知で、何度も何度も読み返される名作や古典といえる作品もたくさんあります。しかしそれは文章力であったり、個性的なキャラクターを設定したり、再読の際は謎解きの過程を楽しむという読みかたをされたりするだけの、しっかりした技術が必要です。
 ところがそれらの方法は、本質的な問題――一度読むとトリックと犯人がわかってしまうというジレンマ――を解決しようと挑んだものではありません。所詮は次善の策なのです。私の書く小説がベストセラーになるのは、完全勝利ではありませんが、少なくとも正面から戦いを挑んで、それなりの得点を稼いだ結果といえるでしょう。
 持って回った言いかたをしてしまいました。はっきり言いますと、私の作品を読む読者は、結末で明かされたトリックと犯人を「覚えていない」のです。
 最後まで読んで、なるほどそうきたか、実に意外な犯人だと感心するのですが、読み終わったとたんそれらを忘れてしまうのです。
 なぜ? どうして? ――いいでしょう、開示いたしましょう。
 実は私が結末を書くとき、探偵がトリックと犯人を明かすときのセリフを、ある規則に従って文章にしているのです。ある規則というのは、私にもどうやって説明していいかわかりません。わかりやすい言葉で言うと、呪文、催眠術、魔法……なんでもいいのですが、その部分を読むと、そこに仕掛けられた言葉の配列によって、読み終わると同時に記憶がリセットされてしまうのです。
 つまり読者は、何度読んでも新鮮で意外な結末を味わうことができるのです。もっとも、すぐに忘れてしまうのですが。
 これが、私の作品がことごとくベストセラーになる理由なのです。少しだけ、私の作品から引用してみましょう。以下をお読みになってください。

「ではここで」と、探偵の変田一致は応接室に集められた事件の関係者を前にして宣言した。
「犯人を明かそうと思います。――犯人は、あなただ!」

「なんという意外な犯人だ。しかもこんなトリックが成立するには、偶然に頼るしかないじゃないですか、変田一致さん」
「偶然はときとして必然となるのですよ、須佐米警部」そう言い放つと、変田一致は悠然と鼻糞をほじくり出した。  <終>

 いかがでしょう。いま雑誌に連載中の作品の結末です。なに? 解決の部分が書かれていないって? いいえ、ちゃんと書かれているのですよ。忘れておしまいになられたのでしょう。
 ご遠慮なく、どうぞ何度でも、読み直してください。

こんなことをやっているから、いいトリックが思い浮かばないのかもしれない。真面目に取り組まなくてはね。

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アイデア拝借

最近、ある人の作品を読んで、そのアイデアがとても面白かった。自分でもそんなのを書きたくなり、内容をかなり変えて、もちろんアイデア自体も、もとのがわからないようにして――そのつもりで――下記のようなお話を書いてみた。

オムライス
 二〇✕✕年、日本国憲法が改正された。その数年前、憲法第九条を改正すると発議に持ち込んだ当時の政府与党は、結局国民投票で賛成多数を得られなかった。与党の中でもさまざまな意見の対立があったのだが、それを押さえ込んで強行突破したため、不満が増幅していた。改変が不発に終わったのをきっかけに与党は分裂して、いくつかの政党に分かれた。その中で最多数の議員を擁して誕生したのが、オムライス党と名付けられた政党だった。
 日本国民は押しなべてオムライスが好きだ。チキンライスの鶏肉が苦手な人はハムライスをとか、上にかけるのはケチャップよりデミグラスソースがいいよと言う人もいたりして、小さな好みの違いはあるが、オムライスは国民食と言っていいだろう。卵アレルギーがある人でも、黄色く着色した小麦粉や米粉を薄く焼き、オムライスを楽しんでいた。
 すぐにオムライス党は国民の支持をうけ、衆参両議院とも八十五パーセントを超える議席を確保した。
 そして新たな憲法改正が発議された。九条には手を付けずに、十条に第二項と第三項が加えられた。第二項は、『国民は、すべてオムライス的なものを尊重し、これを擁護する義務がある』とされ、第三項は、『オムライスはケチャップライスの上にふわとろオムレツを乗せ、その中央を縦に割って両側に垂れ下がった形で食しなければならない。国民は、これ以外のいかなるものもオムライスと称してはならない』とされた。
 これが大きな物議をかもした。第三項は、つまるところ昔からあるオムライス――薄焼き卵でケチャップライスを包んだものを否定し、オムライスと称してはならないとしたのである。しかし、国民投票の結果、わずかな差で賛成が過半数に届き、憲法改正が承認されたのだった。
 その結果、薄焼き卵派は非国民の扱いをうけ、オムレツを乗せたのを認めないと公言する輩は過激派と見做され、ある者は地下に潜り、ある者は検挙された。ほぼ日本中が、ふわとろオムレツを乗せたオムライスを神聖なものとあがめ、オムライス的なファッション――たとえば、頭から足先まですっぽりと黄色い衣装をまとい、縦に配されたファスナーを開いて両側に広げるといったもの――が巷を席巻した。
 そんなふうにオムライス的な洗脳が施されている間に、政府はある秘密計画を着々と進めていた。憲法改正から五年後、その計画は発動された。まず自衛隊が知床岬から始まって、本州、瀬戸内海を通り、九州南端の佐多岬まで、日本海側と太平洋側のほぼ中央に高性能爆薬を仕掛けていった。そして一斉に爆発させると、それは直下のマグマを刺激し、日本列島の表面が縦に二つに割れた。噴出するマグマの勢いに押されて、切れ目に沿ってべろりとめくれるように地表が――そう、ケチャップライスの上に乗せたふわとろオムレツが左右に開くように、――裏返ったのだ。かくして、国土の表面積は二倍弱に広がった。
 ああ、オムライス党の真の目的はこれだったのだ。国土が広がったため、領海も広くなった。瀬戸内海は隆起して大地になった。憲法の定めるところにより、国民はこの『オムライス的な』行為を尊重し、擁護したのだった。といっても、オムライス党の党員や、息のかかった連中は事前にこの計画を知らされており、海外や沖縄に避難して無事だったが、大多数の国民は裏返った地面の下敷きになってしまった。
 国土拡大という悲願を果たしたオムライス党の党首――つまり総理大臣は、小笠原諸島の父島に設けられた臨時の首相官邸で満足の笑みをもらしていた。彼のもとには、マグマの勢いが予想以上に強烈で、広がった国土が朝鮮半島にまで到達し、そこから例の国の軍隊が続々と進撃しているという知らせは、まだ届いてはいなかった。

アイデアに感心した作品とはずいぶん内容が違うのだが、なんだか悪いような気もしている。他人のアイデアをもとにお話を書くのが、どこまで許されるのだろうと、少し気になる。言っておくがオムライスそのもののアイデアではない。ただ、ヒントにした作品は、どちらかと言うとふわとろオムレツ切開型というよりは、薄焼き卵で巻くほうに近いのだけれど。


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いまどきの

いま、大学生を主人公にしたお話を書いているが(もちろん発表のあてなどない)、すごく不安である。若い人たちの考え方や文化などが苦手だからだ。それなら書かなければいいと言われそうで、その通りなのだが、そこはまあいろいろチャレンジもしてみたい、ということで。

地獄の刑罰
「地獄に落ちると、何度でも生き返って拷問される等活地獄、のこぎりでぶつ切りにされる黒縄地獄、木の葉っぱがすべて刃物で、身体が切り刻まれる衆合地獄――そして最後の阿鼻地獄――こいつはそれまでの七つの地獄の千倍の苦しみが待っている――まで八大地獄があるのですが、あいもかわらず昔ながらの刑罰なので、このごろの若い女性の亡者にはどうも人気がありません。そこで試みに新しい刑罰を導入することにしました。今日は獄舎の鬼のみなさんにも体験していただこうと考えています」
「企画部員も大変だなあ。われわれ鬼は単純作業だから気楽なもんだよ。でもそういえば、女亡者からはよく、刑罰がおしゃれじゃないなんて声も聞くなあ」
「とりあえず二つ体験してください。地獄で最初に受ける刑罰の新作です。まずはこちら」
「熱湯に何度も浸けたり出したりされる刑か。身体が溶けだしてお湯が茶色く染まる」
「二つ目です。熱湯に浸けるのではなく、上から浴びせかけます」
「やはり体が溶けだすのだな。これもつらい刑だ」
「問題ないようですので、この二つで決定します」
「刑罰の名前はどうするんだね」
「利用者――というか受刑者のアンケートを取ろうと考えています」

「新しい刑罰は好評のようだな。名前は決まったのかね」
「はい、閻魔さま。どちらも多数意見を採用しました」
「ふむ、どのようなのだ」
「熱湯に浸けるのが『ティーバッグの刑』、熱湯をかけるのが『ドリップコーヒーの刑』です」
「どちらも熱湯か。似たようなものをなぜ並べたのだ」
「一流ホテルの朝食メニューを参考にしました。それと、選択肢が二つの予定だったのですが、これもアンケートで多かった意見で、もっとバラエティが欲しいということで、もう一つ刑罰を追加しました。都合三つの中から選べるようにしています」
「また熱湯系かな」
「いいえ、追加したのは身体中の血を一滴残さず搾り取るという刑です。名前も決まりました」
「ほう、それは?」
「『生絞り・フレッシュジュースの刑』です」

ティーバッグやフレッシュジュースが新しいのかと言われると、困ってしまうのだが。まあ辛抱してほしい。

WEB光文社文庫の『SSスタジアム』に拙作を掲載していただきました。よければ読んでみてください→ここ

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イメージが強すぎると

頭に浮かんだイメージでお話を書いてみたくなる。たとえば田舎の映画館。で、書いては見たものの、どうしても過去に読んだ名作のイメージが貼り付いていて、囚われてしまう。たとえばこんなの。

映画鑑賞
 男は半ば眠りかけていた。スクリーンには星空が広がっている。静かなBGM。映画は中盤にさしかかっている――ようだ。地方都市のいわゆる名画座の、いささかくたびれたシートに座って、眠気を催している。観客も十数人だけだった。
 晩飯の時にビールを飲んだのが効いてきたかな。出張で訪れたこの街で、ホテルに帰って眠るまでの時間つぶしに入った。古めかしいロマンス映画だったように思ったが、とくに期待はしていなかったし、その通りの内容だった。このまま眠ってしまっても、惜しくはないし、むしろいい気分のままホテルに帰れそうだ。それまで我慢していたのだが、男はゆっくり目を閉じようとした。
「ねえ、眠っちゃだめよ。いいところなんだから」
 隣の席の声ではっと目を開く。女の声は続いた。
「ほら、これを食べて目を覚ましなさい」
 ポップコーンの容器が目の前に差し出された。男はそれを無造作につまんで、いくつかを口に入れた。
 ぱちぱちぱち。女がスクリーンに向かって手を叩いた。客席の後ろの方でも、誰かが拍手した。場面は、ヒロインがある男性と別れの会話をしているところだった。そんなに感動的な場面とは思えなかったが、それまでも映画に集中していたわけではないので、仕方がないのかなと男は思った。
 その後も、とくに盛り上がりもなく、淡々とストーリーは進んでいった。その間、客席のあちこちからまばらな拍手が起こった。けっこう映画好きが集まっているんだな、ファンの間では有名な作品なのかもしれないな。
 じっと拍手を聞いていて、男は不思議なことに気がついた。拍手は、いっせいに起こるのではなく、ある場面では右の方から、ある場面では後ろの方からというように、一人、あるいは二三人が手を叩くのだ。つまり、場面によって別々の観客が拍手していた。そんなことに思い当たったとき、映画はすでに終わりを迎えていた。
 エンドクレジットが流れはじめる。観客が席を立つ気配はない。やはり、集まっていたのは映画好きばかりなのだ。男は、自分が先頭を切って席を立つのが気恥ずかしく、ゆるゆると流れるクレジットを眺めていた。配役は、主演女優も含めて、知らない名前ばかりだった。それに、出演者がほんの十数人しかいなかった。
 ブザーが鳴って、館内が明るくなった。もういいだろうと思い、男は席を立った。そして、観客席に誰もいないことに気づいた。横の席に座っていたはずの、ポップコーンをくれた女もいなかった。いつのまに? 誰も出ていく気配がしなかったのに。狐につままれたような気分で、男は映画館を出た。
 入るときに見たポスターに目をやった。主演女優の大写しの写真――見たことがあるようなないような。ポップコーンの女に似ているのでは? まさかね。男は心の中で自らの思い付きを否定した。晴れ渡った地方都市の夜空に、たくさんの星が瞬いていた。

映画の登場人物が……となると、ロバートブロックの「ムーヴィー・ピープル」あたりから逃れられない。もうすぐ公開される、綾瀬はるか主演の『今夜、ロマンス劇場で』という映画も、似たような設定みたいだ。
上記のお話は、チャチャヤング・ショートショートマガジン5号に載せてもらおうと思って書いたのだけど、そんなわけで止めにした。もともと『星と男女』をモチーフに10個ぐらい書こうと思ったのだが、これとほかに二つしか書けなかった。(ほかの二つはチャチャヤング・ショートショートマガジンに載せた)機会があれば、同じモチーフで再挑戦したいものだ。

WEB光文社文庫の『SSスタジアム』が再開され、拙作も掲載していただきました。よければ読んでみてください→ここ

また、『ショートショートの宝箱』も増刷されました。ありがたいことです→ここ(海野久実さんのブログ、まりん組・図書係)


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あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます

年のはじめにおめでたい話をひとつ。

戌年
 猿神様は最初、人間たちの世を正すべく活躍していたのだが、次第に増長して年の暮れには巨大コングに変身してしまい、世界中を破壊してまわるようになった。
 そこで南太平洋に浮かぶインファント島の隣りの島に棲む、伝説のフェニックスに応援を求めたところ、見事に巨大コングを退治し、平和が戻ってきた。しかし、世界中の称賛に舞いあがったのか、フェニックスはわがままのし放題。ついには怪鳥コケーに進化して、厄災を撒き散らしている。
 これが昨年の暮れのこと。なんとかしなければ、このままでは世界は、いや地球は滅亡してしまう。
 こうなれば、はるかM78星雲の隣りの星雲を故郷とする、宇宙狼犬ヴォルフイーに登場してもらわねばならないだろう。
 ということで、1月1日。やって来たのは狼犬ヴォルフイー――ではなく、巨大な弾丸のような怪獣だった。
「あの、あなたはどなたです?」
「わしは猪王モーシンじゃ」
「モーというと、牛さんですか?」
「牛じゃなくて、猪突猛進のモーシンじゃよ」
「ということは、あなたは猪」
「そのとーり。ピアノ売ってチョーダイ」
「狼犬ヴォルフイーはどうなったのですか?」
「最初はこの地球へ来る予定じゃったが、突然M78星雲でロケの仕事が入ったものだから、そちらへ行ったのじゃ」
「M78星雲でロケというと、もしかしてあの――」
「あの一家総出の映画のロケじゃ。そこの飼い犬役で出演するのじゃ。再来年あたりに地球でも上映されるじゃろう」
「楽しみです。でも犬の代わりに猪が来たということは、今年は」
「2019年――平成31年じゃ。もっとも、陛下がご退位なさるので、元号は変わるがな」

猪年の話になってしまった。あらためて犬に登場してもらおう。

戌年・その2
「あけまして……おめでとう……ございま……す」
「もっと大きな声で、元気を出して! あなたは今年の干支のデビューなんだから、そんな弱気なことでは駄目じゃない。犬は頭が良くて社会性もあり、人間たちのよき友となって支えていかなければならないのよ。しっかりしなさい」
「でも先生、ぼくまだ3歳なんです。未(ひつじ)年生まれなんで、大人しくて気が弱いのはいたしかたがないと……」

とくにおめでたい内容でもなかったようだが、まあ、本年もどうぞよろしくお願いいたします


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